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カンボジア王子と結婚した日本人女性

クメール・ルージュ時代のカンボジアには、
7人の日本人女性が抑留されていました。

その一人が辻きく子さんです。資料によって、名前が「菊子」と表記されていたり、「紀久子」と表記されていたりします。読み方だけは確かなので、ここでは「きく子」と表記します。


辻きく子さんは、ノロドム・キリラットさんという
カンボジア人の男性と結婚していました。

「ノロドム」という姓でピンと来た人もいるかと思います。
彼はカンボジアの王族でした。

1860年から1904年にかけてカンボジアに君臨した
ノロドム王の孫の孫、つまり玄孫に当たります。

現国王ノロドム・シハモニ陛下も、ノロドム王の玄孫です。

キリラット王子とシハモニ王子、
二人は世代こそ同じですが、大きく異なる運命を辿ります。



キリラット王子の父親ノロドム・モンタナ王子は、
独立後のカンボジアで政党を率いた有力政治家でした。
大臣を歴任し、一時期は議会の議長を務め、
フランスからレジオン・ドヌールを受勲されています。

とはいえ、王室の中では分家。
さらに、次男だったキリラット王子は、王族としては
割と自由気ままな青年時代を過ごしていたようです。

王族の血を引くノロドム・キリラット君も
その頃来日した私費留学生です。
音楽研修が志望で、新宿大久保の声専音楽専門学校に
ギターを携えて通っていました。
歌手三橋美智也の大フアンだそうで、
文字どおりの遊学と見受けられました。



キリラット王子が遊学中に出逢った女性が、辻きく子さんです。
詳しい経緯は分からないのですが、2人は1960年代前半に結婚しています。


これまた経緯は不明ですが、
エッセイストの向田邦子氏が1968年8月、カンボジアを旅行した際、
キリラット王子が彼女のガイド役を務めています。

向田氏の死の直前に発表された「鉛筆」に、
キリラット王子の優しさが垣間見えるエピソードがあったので、
ここに紹介します。

向田氏は、宵の口、民族舞踊ショーを見るために、
ホテル近くのアンコールワット遺跡に歩いて行きました。

すると、昼間物乞いをしていた子供が、向田氏の後をついてきて、
頼みもしないのに、懐中電灯を持って足下を照らしてきます。

向田氏が煩わしさを感じ、子供を追い払おうとした時です。

案内役のカンボジアの青年が、たどたどしい日本語でこう言った。
「やらせてやって下さい。これでこの子の家族は暮しているのです」
青年は、名前をノロドム・キリラットといった。
カンボジアの当時王族の一員であったノロドム殿下の遠縁にあたるといっていた。
日本に留学し、日本女性と結婚している。
私は往きの飛行機のなかで、生まれたばかりの長男を連れたこの夫人と逢い、
ほんの二言三言だが世間ばなしをしている。




王子はホスピタリティに溢れた人物でもあったようです。


キリラット氏は顔中に派手に散らばったにきびを気にしながら、よく面倒を見てくれた。

はじめての外国旅行で慣れない私は、食事に出た高価な果物を盛大に食べ、
出発のとき勘定書に入っていないのを見て、そのまま失礼しようかと迷い、
いやいや日本の恥になってはと、早朝キリラット氏の室のドアを叩き、
その旨を告げたことがある。

「このままでいいのです。カンボジアは果物だけは豊富ですから」

パジャマ姿の氏はこう言って、胸を張り、癖になっている顔のにきびを押え、
こんな格好で失礼と謝りながら、
「サヨウナラ」
と綺麗な日本語で別れの挨拶をしてくれた。





向田氏が壷に興味があることを話すと、
キリラット王子は彼女に、スクーターの後部座席に乗るよう言います。

王子がスクーターを走らせた先は、シェムリアップの古道具屋。
そこで向田氏が黒釉の小壷を気に入り、買おうとしたところ、
王子が値切ってくれました。


約10年後、向田氏は、本棚に飾った小壷を見ては、
物乞いの子供とキリラット王子夫妻の安否を気にかけるようになります。


アンコール・ワットで見かけた少年たちに十年の歳月を足すと、
みな青年である。狂気としか言いようのない今度の内戦を、
あの子たちはどうくぐり抜けたのか。

奇跡的に生きながらえ、救出された日本人妻のニュースが伝えられた頃、
私はいつもより丁寧に新聞を読み、ノロドム・キリラット氏と夫人の名を探していた。



キリラット王子、きく子妃、そして夫妻の子供の行方は、
いまだに分かっていません。


1981年8月22日、向田邦子氏は台湾で
飛行機事故に遭遇し、客死します。

その日は偶然にも、ノロドム・キリラット王子の48回目の誕生日でした。


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    突然に

    はじめまして。。

    カンボジアのことをいろいろ調べていましたら、
    こちらにたどり着きました。

    カンボジアの人々はふつうの幸せな生活を送っていたんだろうなと
    まったく知らない会ったこともないのに自然とその情景が目に浮かびます。

    歴史にもしもはないけれど、あんなことさえなければと
    強くと強く思ってしまいます。。

    一度でいいから、いつかカンボジアに行ってみたいです。

    いろいろなお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
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